Diary, George Michael

Too Funky

25日,イギリスが世界に誇るジーニアス・スーパースター,
ジョージ・マイケルが53歳という若さでこの世を去った。

英BBCが「非常に悲しいことだが,我々の息子であり,
兄弟であり,友人でもあるジョージが,クリスマスに自宅で
安らかに息を引き取った」との広報担当者の声明を報じ,
長年,ジョージのマネージャーを務めたマイケル・リップマンが,
「死因は心不全である」と明かしたという。

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2016年も間もなく終わりを迎えようというこの時期に,
今年4度目の追悼記事を書くことになるとは
予想もしていなかったが,僕にとってジョージの死は,
デヴィッド・ボウイプリンスピート・バーンズのそれとは
明らかに性質の異なる特別な喪失を意味する。

過去に述べたように,僕がポップ・ミュージックに開眼する
きっかけとなったのが WHAM! の Freedom
僕が生まれて初めて購入したLP盤がその Freedom を含む
Make It Big だから,そもそも彼との出会いがなければ,
デッド・オア・アライヴ,ピート・バーンズを知ることも,
プリンスのドーナツ盤に手を伸ばすことも,
Changes に心惹かれることもなかったかもしれない。

さて,彼が残した多くの名曲の中から1曲を選ぶことなど
そもそも無理な話ではあるのだが,今日はこの曲を取り上げ,
稀代の天才シンガー・ソングライターへの追悼としたい。

too_funky
Too Funky – 1992
George Michael

ソニーとの間で繰り広げられた泥沼の訴訟の末,
結局はリリースが中止されてしまった幻のアルバム,
Listen without Prejudice Vol.2 のために書かれた1曲で,
後に,エイズ・チャリティ・アルバム Red Hot + Dance から
シングル・カットされ,全英4位,全米10位を記録した。

タイトル通り,ブラック・ミュージックにも造詣の深い
ジョージならではのスタイリッシュなダンス・ナンバーだが,
楽曲のみならず,僕が今なお愛して止まない,
リンダ・エヴァンジェリスタが登場するPVもまた秀逸。

僕自身,特に彼に心酔していたのがこの頃で,
彼のヘア・スタイルを真似,生意気にも髭を蓄え,
また,ピアスを開けてみたりもした。

1998年,2006年,2010年の3度に渡る逮捕劇もあり,
晩年はゴシップ紙面を賑わすことが多かったが,
僕にとって,彼の存在の大きさが変わることはない。

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稀代のジーニアス・スーパースター,ジョージの冥福を祈る。

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Too Funky」への1件のフィードバック

  1. ピンバック: The Edge of Heaven | 美音愛音

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