100万回生きたねこ, Diary

100万回生きたねこ

5日,絵本作家の佐野洋子さんが乳ガンのため
お亡くなりになった。

自由な着想としなやかな感性を持つエッセイストとしても知られ,
2008年の「役に立たない日々」では医師に余命2年と
宣告されてから外国車ジャガーを購入した様子を描き,
「毎日が楽しくて仕方がない」と語っていらした。

72歳だった。

僕にとっての佐野さんは何と言っても
「100万回生きたねこ」に尽きる。

100万年もしなないねこがいました。
100万回もしんで,100万回も生きたのです。
りっぱなとらねこでした。
100万人のひとが,そのねこをかわいがり,
100万人のひとが,そのねこがしんだときなきました。

ねこは一回もなきませんでした。

誰にも心を開かず虚栄心のみで生き続けていた猫は,
自分に関心を示さない白猫に恋をして共に暮らすようになる。

「いつまでも一緒にいたい」という猫の願いもむなしく
年老いた白猫はやがて猫の隣で動かなくなる。

朝も昼も夜も,100万回泣き続けた猫。

彼もとうとう白猫の隣で動かなくなり,
それ以後生き返ることはなかった…。

100万回も生きた猫がなぜその後生き返らなかったのか?

彼が,そう,100万回も生きながら,
その間1度として主体的に生きることのなかった彼が,
初めて自らが選択した「生」を生きたからなのだと僕は思う。

100万回の「生」の繰り返しの総量を
遥かに凌駕する彼の最後の「生」の充実。

それは,ともするとルーティン・ワークに流されがちな僕らに
「充実した『生』を生きているか?主体的に生きているか?」と
問いかけているようにすら感じられる。

もちろん,この不思議な物語の結末が意味するところは
個々の読者の解釈に委ねられよう。

しかし,100万回生きた猫の最後の「生と死」は,僕らが今後
どう生きるべきかを提示してくれているのだと僕は思う。

the_cat_that_lived_a_million_times

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100万回生きたねこ」への2件のフィードバック

    • John Metavolita の発言:

      黒豚さま

      おはようございます♪
      訪問ありがとうございます。

      いい話ですよね~。
      僕もそろそろチビ助たちに勧めてみようかな。

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